海外宇宙ビジネス・マンスリーニュース
2022年11月31日 (株)サテライト・ビジネス・ネットワーク
新メンバー加入のお知らせ
この度11月、当社に後藤 祥史さんを新しいメンバーとして迎えることになりました。
後藤さんは長い間三菱電機鎌倉製作所で人工衛星の機械システムとくに搭載推進系の開発を担当されていました。2005年に三菱電機本社に異動となって防衛宇宙システム構想設計に従事され、また2019年からは自由民主党の特別研究員として日本の宇宙政策立案にも関与されてきました。
この度三菱電機を退職されて、当社にお迎えすることとなりました。当社では防衛宇宙システムをはじめ、技術だけではなく広く日本の宇宙政策・事業計画などに関する調査・検討などを担当していただく予定です。
■ 論説-1:ESA閣僚会議とセキュアな通信衛星コンステIRIS2(葛岡)
■ 論説-2:宇宙エッジコンピューティングは、実証フェーズに(大石)
■ 論説-3:ESA閣僚会議について(村上)
論説-1:ESA閣僚会議とセキュアな通信衛星コンステIRIS2(葛岡)
11月22、23日の両日、パリでESA(欧州宇宙庁)閣僚会議(CM22)が開催された。ここでの決定事項(とはいっても今後3年間の予算総額と各国分担が中心であるが)および輸送関係については村上が論説しているので参照されたい。葛岡は、この閣僚会議で注目していたESAの通信衛星コンステレーション、Secure Connectivity Constellationについて解説する。
測位のGalileo、地球観測のCopernicusはあくまでもEU(欧州連合)のプログラムであり、ESAはそのプログラムの実行を請け負う機関である。同じようなスキームの通信衛星通信のプログラムが欧州に必要との声は以前からあった。とくに最近米国SDAがTranche Transport Layerの開発を始め、米国StarLinkが商用衛星通信サービスを提供してウクライナ支援にも使われるようになって、静止通信衛星ではなく抗たん性に優れた欧州の通信衛星のコンステレーション、Secure Connectivity Constellationの必要性が言われてきた。
Secure Connectivity ConstellationもまたあくまでもEUのプログラムであるが、ESAも予算を出す形となっている。一応CM22の直前、EUの政府機関であるEC(欧州連合の政策執行機関)がprovisional agreement(暫定的な合意)としてEU‘s secure connectivityプログラムの構想を認めた形にはなっている。ただしESAは、すでに昨年から3つの企業グループに対して構想設計を依頼しており、今回はESAの意向が強く働いたようだ。またこのコンステレーションプログラムにはIRIS2 (Infrastructure for Resilience, Interconnectivity and Security by Satellite)という名前も付いた。
ともかく今回のCM22では、IRIS2のフェーズ1(35M Euro)が認められた。全コスト6B Euroのうち、2.4BをEUから、ESAは35M(フェーズ1)+685M(フェーズ2)を拠出し、残りはESAメンバー国と民間企業からの資金によるとのこと。つまりIRIS2は民間企業が資金を出すことを前提とする、デュアルユースのプログラムとなっている。最初の打上げは2024年、2027年頃から170機を使った本格的なサービスを提供するとされている。
今回のCM22では、もともと俎上に上ったプログラムは一つとして落とさずすべて採択した総花的な結論となっている。今後3年間のESA予算が16.9B Euroと大幅増ではあるものの、その割に全てを認めてこれで足りるのかという議論がすでに始まっている。確かにArtemisやExoMarsローバーなどもすべて実施するとして、16.9B Euroで足りるかどうかの心配はあろう。
CM22前の下馬評では、IRSI2は一番合意に遠いプログラムという話もあったが、ともかくもIRIS2は今回EU/ESAのプログラムとして動き出すことになった。ただし早速不協和音が出ていることも確かである。フランスとしては、フェーズ2の685M Euroの予算承認は、どの国の企業グループが受注するかによるとして態度を保留している。ESAはもともと各国の出資金に応じて各国企業への発注額が決まるという大原則を採用しているが、フランスは出資金の割にフランス企業への発注額が少ないと主張しており、IRIS2をどこの国の企業が受注するかによってはまだまだ揉めそうである。
論説-2:宇宙エッジコンピューティングは、実証フェーズに(大石)
現在、宇宙におけるエッジコンピューティング(注記-1)は、『観測分野などにおけるデータの増大』及び『宇宙探査など宇宙における活動領域拡大』に伴い、注目を浴びている。各分野における具体的なメリットとしては、以下のような点が挙げられる。
- 観測分野:大量の観測データの軌道上処理による地上への通信容量制約の低減・解消等。
- 探査分野:通信の遅延が発生する領域における地球への依存度の低減。
今月15日には、宇宙ベースのエッジコンピューティングに焦点を当てたスタートアップLEOcloudが、商用宇宙ステーションプロバイダーAxiom Spaceとの戦略的コラボレーション契約を締結したと発表した。これらスタートアップ(注記-2)も含め、各社による取り組みが活発化しており、既に下表に示すように宇宙実証も進みつつある。
宇宙エッジコンピューティング実証例 | 概要 | 備考 |
---|---|---|
ヒューレットパッカードエンタープライズ(HPE)のSpaceborne Computer-2のISSでの実験 | 衛星やカメラなどの様々なデバイスからのデータを取り込み、リアルタイムで処理。ISSにおいて、NASA及びHPE地上局を通じて、マイクロソフトのAzureクラウドにリンクされ、様々な軌道上実験を実施中。 | 2021年2月にISSに輸送 |
Spiral BlueのSpace Edge Zero(SEZ)コンピュータの軌道上実験 | 軌道における最初の結果として、SEZコンピューターの起動と初期操作の両方の正常な実施を確認。但し、SW1FT衛星が、2月3日に地磁気嵐の影響を受けたため、回復作業中。尚、本ミッションはSW1FT衛星のVISION 300カメラにて撮像した画像のオンボード処理が最終目標。 | 2022年1月13日、ポーランドのSW1FT衛星に搭載され打上げ |
上表中のHPE社のSpaceborne Computer-2(SBC-2)に関しては、ISSにおいて、宇宙飛行士の健康管理、画像処理、自然災害、3D印刷及び5G通信など、様々なアプリケーションへの利用実験が計画されている。
同実験中、エッジコンピューティングの効果を示す事例の1つとして、宇宙飛行士のDNA配列の解析が挙げられる。ISSでは、飛行士たちの健康状態や身体的な変化をリアルタイムでモニタリングするが、DNA配列(突然変異有・無の確認)の解析も予定されている。具体的には、ISSと地上に分かれた双子の宇宙飛行士の協力を得て宇宙滞在が人体に及ぼす影響を研究している。SBC-2では、最先端のデータエンコード技術と圧縮技術を取り入れることで、サーバー上のデータサイズを最大で20分の1に圧縮できる。今年4月のHPE社のニュース報道によると、SBC-2以前は、1.8ギガビットの生のDNA シーケンスを地上処理のために送信するのに12時間以上を要していたものが、今や、データは宇宙ステーションで6分間で処理され、地上に2秒で送信されるとのことである。
また、宇宙エッジコンピューティングは、宇宙と地球を結ぶネットワークのボトルネック解消を図る役割としても注目される。これまでは大容量のデータを地球に送信することが不可能のため、あきらめていたような処理も、エッジの処理能力が向上したことで可能になる。あらかじめエッジで処理を行い、得られた分析結果などのデータだけを転送することで、地上に送信するデータ容量そのものを大幅に減らすことができる。
「宇宙(という場所)は“エッジの中のエッジ”」とも称されることがある。宇宙エッジコンピューティングもいよいよ実証フェーズに入り、同動向に今後も注目するとともに、その成果及び発展に大きく期待している。
注記-1:エッジ・コンピューティングとは、データをクラウドへ送らずにエッジ側でデータ処理、分析を実施すること。データが生成される場所に近いところでデータ処理を行うことから、ほぼリアルタイムに近い結果を得て、データを迅速に処理することが可能。
注記-2:宇宙コンピューティングでは、以下のような企業なども開発を進めている。LEOcloud、Business Integra、Cloud Constellation、D-Orbit、Exo Space、Mu Space Corp、Nebula Space Enterprise、OrbitsEdge、Unibap
論説-3:ESA閣僚会議について(村上)
11月22、23日 ESA閣僚会議がParisで開催された。ESAが求めていた今後3年間の予算として€185億からは€16億下回った€169億で合意を得た。2019年との比較で言うと16.6%の増加で経済的に不安定でウクライナ侵攻に対する対応で予算がひっ迫する中でここまで確保出来て先ずは良かったと評価出来るとESAの長官は述べていた。
しかし、欧州やESAが現状直面している課題を考えるとぎりぎりの線での決着であると感じている。と言うのも欧州は今年に入ってインフレが5%から10%に上昇しており、まだ収まる気配を見せていないことが先ずは上げられる。今後の3年間のレンジで考えると増額の半分はインフレ上昇対応で使わざるを得なくなると思っている。
次の課題がExoMarsに対する対応が上げられる。元々ロシアのProtonロケットで打ち上げる計画となっていた。ロシアのウクライナ侵攻後、これが不可能となり、NASAに依頼することで調整が進んでいる。これに対する対応費用も今回の予算の中に入っている。
もう1つが輸送系に対する費用で€6億がAriane6への移行費用として盛り込まれた。コロナの影響で調達や試験が遅れたことに対する対応費用である。Ariane6の遅れの影響は大きく、Galileoの打上げが出来ない時期が出て来る見込みとなっている。
自律性の確保が出来ない事態にフランスやドイツやイタリアは強い危機感を持っている。
予算でもESAが要求した以上の金額が認められた。それでも打上げは1年後になると言われているので事態はかなり深刻である。これまでは、輸送系は3本柱でArianeに何かあった時はSoyuzとVEGAがあったのでこれで最低限のカバーはして来た。最早Soyuzが戻ってくることは望み薄でArianeとVEGAで自律性をどう確保しているのか苦しい状況にある。追加の費用も屋もえ無しとの判断が働いたと考えている。これらを考えると予算としては余り余裕はないと感じざるを得ない。
輸送系については、もう1つの動きが閣僚会議中にあった。フランス、ドイツ、イタリアが輸送系に対する共同声明を出した。この3国はESAの主要費用拠出国で態々閣僚会議開催中に声明を出すこともないのにと思っている。声明文のタイトルは、欧州における「輸送系の将来開発」についてとなっている。内容はESAの輸送系の自律性を確保して行く為に引き続き予算を含めて協力して行くと言うことになっている。
この声明は2つの方向性を示唆している。1つは、ジオリターンの見直し。欧州は輸送機の開発費を各国の予算の拠出金で賄っており、運用機に移行するとこの費用に基づいて製品の受注、生産を行う仕組みを取って来た。Space-Xは垂直統合で、自社で一貫した生産体制を取っている。納期やコストダウンと言った点で分散発注を行う仕組みは近い将来見直したいとの意思表示であるようだ。もう1つがロケット開発において、自国のロケットを持ちたいと言う意思が働いている。特にこれまでロケットを持っていなかったドイツはドイツとしての制約の少ない形で衛星を持ちたいと思って来ている。
冬の足音が聞こえるパリで輸送系の将来を見据えた動きが始まったなと感じた。