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2022年7月31日 (株)サテライト・ビジネス・ネットワーク
■ 論説-1:EutelsatとOneWeb合意の影響(葛岡)
■ 論説-2:軍事衛星及び民間衛星のハイブリッドアーキテクチャ(大石)
■ 論説-3:ポスト国際宇宙ステーション計画について(村上)
論説-1:EutelsatとOneWeb合意の影響(葛岡)
7月26日、フランスの衛星通信会社Eutelsatと米国の通信衛星会社OneWebが両者の経営を統合する方向で合意した。
Eutelsatは、欧州での衛星通信を開始するための政府間組織として、1977年に欧州通信衛星機構が創設されたことを起源とするフランス企業である。通信自由化に伴い、2001年7月にユーテルサット(Eutelsat S.A.)という民間企業となった。2005年4月、主な出資者が新たな法人としてユーテルサット・コミュニケーションズ(Eutelsat Communications)を作り、同社が持株会社となっているが、その大口株主はフランスの国営投資銀行Bpifranceで、20%の株式を保有している。リフィニティブのデータによると、4番目に大きな株主は中国政府のファンド、中国投資公司とのこと。Eutelsatは40機の静止通信衛星を保有しており、その売上高は衛星通信企業として世界三位であり、欧州のほか、アフリカや中近東を主なビジネスの舞台としている。
一方OneWebは米国に本社を置く低軌道(LEO)衛星コンステレーションを用いた衛星通信企業である。2020年3月27日に連邦倒産法第11章による会社更生手続きを申請した。同年7月には英政府とインドのBharti Globalが主導するコンソーシアムによる買収が発表され、経営再建が図られている。
今回の合意は、米国のSpace-X社Starlinkが低軌道衛星コンステレーションを用いた衛星通信サービスで先行して一人勝ちになるのに対抗するため、という発表がなされている。たしかにこれは一つの理由であるが、筆者はもう一つ重要なポイントを挙げておきたい。それは異なった軌道を用いた衛星通信ミックスの実現である。
OneWebは低軌道衛星コンステとして最初に構想された計画であり、Starlinkが現在準備している光衛星間通信は次の世代とされている。とするとコンステレーション衛星ひとつの可視範囲内での通信はできるものの、ひとつの衛星でカバーできない地点間での通信には衛星・地上局・衛星のリンクを何度か繰り返す必要があり、例えば地球の裏側に通信したい場合効率が悪い。
一方Eutelsatは現在静止通信衛星を多数保有しているものの、低軌道衛星コンステレーションによる低遅延伝送ソリューションは保有していない。この両社がもつそれぞれのソリューションを組み合わせると、異なった軌道での衛星通信を組み合わせる有効なソリューションが期待できる。Eutelsatの競合先はStarlinkはもちろんではあるが、もうひとつ大きな競合相手として同じ欧州ルクセンブルクに本拠を持つSESがある。SESは低軌道ではないが中軌道(MEO)のO3b衛星を傘下に有しており、すでに運用している。現在のところSESがもつ静止軌道通信衛星とO3bの中軌道衛星との連携によるサービスはまだ提供されていないが、いずれ異なる軌道の衛星を統合した通信もありうるのだろう。
今回のEutelsatとOneWebの会社統合は、単にStarlinkに対抗するというだけではなく異軌道衛星を統合した新しい衛星通信、一対一のポイント間をつなぐ衛星通信ではなく衛星通信網として複数ポイント間をメッシュのようにつなぐSpace Meshを構築する第一歩だと考えるのはうがちすぎな筆者の先走った期待であろうか。
複数ポイント間をメッシュとして接続するSpace Meshの構築に向けては、米国政府みずからがSDA Tranche Transport Layerとして構築を開始しているほか、この度日本で発足したNTTとスカイパーフェクトJSATとの共同企業Space Compassでも、静止衛星とHAPSとの統合利用によるSpace Meshに向けて動き出そうとしている。今回のEutelsatとOneWebの統合が、異軌道衛星通信やSpace Meshの実現に向けた大きな一歩となることを期待したい。
論説-2:軍事衛星及び民間衛星のハイブリッドアーキテクチャ(大石)
今月後半、葛岡が挙げた「EutelsatとOneWeb合意」以外にも、「ESAが多軌道衛星通信研究向にViasatを選定」するなど、多軌道システム関連動向の報道が相次いだ。
このような中、筆者が注目している動向の1つにDIU(注記)が構築を目指している多軌道に跨る商業衛星、民間政府衛星及び軍事衛星のデータを共有できるハイブリッドアーキテクチャがある。
DIUは、その一環として、今月、同実証プロジェクト向に、Anduril、Aalyria Tech.、Atlas Space Operations、Enveil各社との契約を締結した。プロジェクトの当初目標としては、異なる軌道で動作する商業衛星と政府衛星によって収集された画像やその他の戦術データのオンデマンド収集と分析を実証することが挙げられている。同実証プロジェクトにおいては、以下の4分野に焦点を当てている。
4つの主要分野 | 内容 |
---|---|
安全なソフトウェア定義NW | 低・中・静止軌道、シスルナー空間にわたる多様な通信システムを統合するための安全なSW定義NW(現在、軌道をまたぐシステム間通信は限定的)。 |
複数ソースからのデータ組合せ | 当該データ組合せには、共通のデータ標準とインターフェースが必要であり、データ収集を管理するための共通のコマンドおよび制御インターフェースが必要。 |
クラウドベースの分析 | 人工知能と機械学習を用いたクラウドベースの分析。 |
可変トラストプロトコル | 情報を保護するための可変トラストプロトコル。アクセスポイントの増加を通じて脆弱性を導入しないようにする必要あり。 |
今年6月にEuroconsultがシンガポールで主催したAsia Satellite Business Week (ASBW)においても多軌道に配備された異なる衛星システム間のコネクティビティ実現が1つのトピックになったが、ハイブリッドアーキテクチャはまさにそれの実証版と考えられる。
DIUによると、軌道上実証は、今後、24か月以内に計画されているとのことであるが、同実証結果とともに、ASBWで議論となった地上端末の開発などを含め、今後の動向をモニタしていきたい。尚、全てがハイブリッドアーキテクチャを介して接続されるため、アクセス及びサイバーセキュリティの確保は必須であるが、それとともに、アーキテクチャを構成する民間衛星に対し、収益モデルをサポートできるような設計を目指すとのことであり、その内容も注目される。
政府による商用システム及びサービスの調達及び利用の促進は長いこと必要性が叫ばれてきた割には遅々として進んでいない感もある。しかしながら、現在、ウクライナ危機に伴い、具体的な紛争実態が毎日のように報道されるという特殊環境下にある。その点からは、米国軍事衛星が攻撃を受けた場合に、商用システムにアクセスするための柔軟性及びシステム全体のレジリエンスの向上が可能なハイブリッドアーキテクチャの必要性も、より差し迫ったものとなっていると思われる。従って、商用システム利用の長年の停滞が、一挙に解消される可能性も高いのではないかと考えている。
注記:DIU(Defense Innovation Unit)は、シリコンバレーを拠点に、米軍全体の商用技術の配備と拡大に専心している唯一のDoD組織。同目的は、軍隊全体での商業技術の採用を加速し、同盟国および国家安全保障のイノベーション基盤強化による国家安全保障の強化。
論説-3:ポスト国際宇宙ステーション計画について(村上)
国際宇宙ステーション(ISS)の建設が始まって25年の歳月が経とうとしている。 我が国はアジアから唯一の国として参加して来ており、こうのとり(HTV)による物資輸送を中心にISSの運用や実験に貢献して来ている。秋には若田宇宙飛行士が3回目の長期滞在を行う計画であり、現在最終準備が行われている。
ISSの運用は2024年まで行われることが決まっており、米国は昨年末2030年まで運用を行うことを決定した。ISSはスペースシャトルの事故に伴う遅延や計画の大幅な見直しを受けつつも何とか建設にまでたどり着き運用も米国からの輸送手段を失った時期もあったが、ロシアとの連携で今日まで大きな問題なく運用を行って来た。
しかし、ここに来て、ISSの主要な運用パートナーであるロシアとの関係が難しい状況となっている。ウクライナ侵攻後、西側からの経済制裁を受けていることに対してロシアは政治的に敏感になっており、建設的な話し合いがとても出来ないし、大統領の意向によって方向性が決まる。従来であればISSは友好のシンボルと別次元のものと整理されて来たが今回ばかりは難しい。政治的に対立する米国は安易に妥協出来ない。26日には2024年を持って共同運用から離脱するとの報道もあった。最悪のシナリオとしてロシアが抜けた場合には、老朽化したロシアモジュールを切り離す等の対策が検討されている。米ロの友好の象徴であった筈のISSの将来に暗い影を落としているのは皮肉な状況となっている。
もう1つの課題が、ISS後の計画である。探査については、月面を中心にしたArtemis計画の推進が決まっているものの、月までの距離を考え、簡易に実験を行える施設として、地球の低軌道に小規模でも施設が必要なことは共通認識となっている。ISSの運用が終了する2030年までに運用をスタートさせたい意向をNASAは持っており、検討を加速させている。
Axion SpaceはISS結合出来るモジュールを開発しており、2024年にも打上げる予定になっている。それとは別に、Blue Origin、NanoRack、Northrop Grummanの3社も開発を行っており、最終的に2025年に1社への絞り込みが行われる計画である。
しかし、これらの計画は潤沢に資金がある訳ではないのと民間主導で事業として行っていることから、遅れが生じるのではとの懸念が指摘されている。
記憶に新しいところでは、シャトル退役後、米国輸送システムのデビューの間に4年間のギャップが出来た点と同じことが起こるのではと指摘されている。運用面でのNASAのコミットを確実なものにするとか資金投入を加速させる必要があると考える。
中国は宇宙ステーションの建設を加速させており、年内には完成させる見込みである。この施設は平和利用と言うよりも軍需目的とも言われている。
我が国は独自の施設を持つ計画はなく、米国に追随するしかない状況にある。中国との差は明確になって来ており、この状況に憂慮しているこの頃である。